MARTH著 「あらたなる世界 誰もが未知のなかにいる…」より 書籍の購入はこちら MARTH Interview

「雨であろうが、嵐であろうが、どんな悲しみや苦しみの中においても本当はいつでもそこに青空がありしあわせはある」ということをMARTH は音楽において綴っているという…。その青空は宇宙の果ての果てどこまでも果てがない永遠に続くものであるのだと…。すべては未知の中、すべてはひとつにつながっているという安心感はどんなものなのだろう…。そんな感覚を音楽として表現している故、なぜだか懐かしく、それでいてせつなくあたたかいと感じるのだろう。オーケストラ・ピアノ・ハープの生演奏…
演奏家たちや音質のクオリティーはもちろんのことハートフルであることを大切に愛しさと共に綴られた、途方もない感覚のアルバムのシリーズだ。言葉をこえたるもの…その途方もなきサウンドはまさに癒しの源泉を表現するもの。それは私たちの人生にとって?未知への旅?の道しるべとなるだろう。なぜこのような曲が生み出せるのか、というリスナーからの声に答えるべく、これまでのMARTHのインタビュー記事中から、いくつかの文章を抜粋しご紹介。 MARTHの源泉に迫ってみた。演奏家たちや音質のクオリティーはもちろんのことハートフルであることを大切に愛しさと共に綴られた、途方もない感覚のアルバムのシリーズだ。言葉をこえたるもの…その途方もなきサウンドはまさに癒しの源泉を表現するもの。それは私たちの人生にとって?未知への旅?の道しるべとなるだろう。なぜこのような曲が生み出せるのか、というリスナーからの声に答えるべく、これまでのMARTHのインタビュー記事中から、いくつかの文章を抜粋しご紹介。 MARTHの源泉に迫ってみた。
text by M.SHIOMI

癒される理由を探しに その源泉とは…

------MARTHさんの音楽について、 どの作品においても共通のテーマ、匂い、源泉があるように感じます。それはどういうところから生み出されているのでしょうか。
音楽には、「詩」という言葉の部分とそれをのせ奏でる「メロディー」の部分とがあります。詩で綴っているのは、未知や神秘が私たちのいる場所の本当の真実であるということ。一体であること、ひとつであることは、私も含めて人々がそのことには頭でわかっていても、なかなか体感出来ず、そこからくる観念や現実感によって生み出される悲しみや苦しみに人類はおしつぶされてしまっているとも感じます。しかし、本当はいつでもその向こうに青空があり、しあわせはあるのだということを音楽で表現したいのです。

雨であろうが、嵐であろうがどんな苦しみの中でも、その上には必ずいつでも青空がある。 その青空は宇宙の果ての果てどこまでも果てがない永遠に続く未知であると…。そこには真の幸せがあり、喜びがあるのだと…。しかし、私たちはその上がどんなに晴れていても、晴れているとはなかなか思えないのも事実です。それゆえに悲しみや苦しみだけを歌うのではなく、その上には青空があり、宇宙の果ての果てがあるというところから詩を生むのです。 音楽(楽曲・メロディー)も、当然そういうところから生まれますが、こころがけていることは、小さい頃には、神秘の中から生まれたばかりで、まだまだ無垢で、森羅万象や未知とひとつだった、ゆりかごのような感覚が誰にでもあったことでしょう。それを表現したいのです。

この次元、この世界は、どこか分からず、誰でもなく、何でもなかった頃…本当は現実ではない、とてつもないところに出てきた感覚、何だかわからないところに出てきたような感覚です。それゆえに自然ともっていた愛しさやよろこび、そしてゆりかごの詩がその時流れている…そんな幼き日々、そんなやすらぎを表現したいと感じています。地球だ、銀河だ、東京だ、日本だと決めていない、誰々とも決める前の…まだ何かわかっていない無垢な感覚は取り戻せるのでしょうか。それはうれしいチャレンジなのです。自然界の森羅万象から出てきたばかりの頃の安心感、真の現実と呼んでいる真の事実の感覚。それを持っていた頃の、ふるさとのような…そういうものが大切だと思うのです。その頃に戻るような音楽というのは、本当にいいものだなぁと感じています。

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